饅頭こわい お茶こわい

本好きのただの日記。こわいこわいで食べ放題。

間違いなく傑作になるはずだった未完の漫画「セクシーボイスアンドロボ」

2000年12月、IKKIの創刊号から連載され、13話(単行本は2巻まで)で休載。以来、続編を待ち続けてきた。
日テレでドラマ化された時はもしかしたら連載再開もあるかもと思ったが、ここまで待って描かれないとその望みは薄いようだ。

私が黒田硫黄を知ったのはCOMIC CUEに載ったよしもとよしとも氏原作の「あさがお」という短編。原作ストーリーの魅力も抜きん出ていたが、それ以上に作画者のとんでもない才能に心奪われた。この漫画、原作者からはどのような形で黒田硫黄に届けられたのだろう。文章のみだったのか、よしとも氏の画が入っていたのだろうか。どこにどう黒田氏の演出が入ったのか、ぜひとも原作そのままを読んでみたい。どう考えてもこの原作を黒田硫黄以上に魅力的に描ける人はいないと思う。当時の私はどちらかというと作画者よりも原作者に魅力を感じるたちであったが、この素晴らしい原作を差しおいて画の魅力に圧倒させられた。考えてみれば、漫画において原作と作画の関係は、映画における脚本と監督の関係に似ているわけで。以来、私の漫画の読み方は少し変わったような気がする。そのくらい衝撃的だったという話。

黒田硫黄は短編作家としてとても魅力的な漫画家だと思うが、長編作品をあまり描いていない。緻密な構成の長編は描けない人だと思っていた。実際この「セクシーボイスアンドロボ」も一話完結型として連載スタート。七色の声を操り、雑踏の中でも特定の声を聞き分ける能力を持つ少女 ニコが、謎の老人からの依頼を受けて事件を解決(?)するという形で話は進む。こういう書き方するとすんごい安っぽい紹介になるが、実際、連載開始当初は非常にテンポよく進む軽〜いストーリーだった。そんな中でもセリフは小賢しいほど意味深く、キャラクターの過去が描かれるわけでもないのにどこか深みのあるストーリーが魅力の、あくまで”短編”だったのだ。
2巻になると様相が変わる。将来、スパイか占い師になるための練習として動いていた無邪気な少女の表情が変わる。
殺し屋 三日坊主を救えなかったことから、もはや引き返せないところまで足を踏み入れてしまったことに気づくニコ。

あのとき、

もう、

選んでいたんだ

地獄を



黒田硫黄はコマ割りの巧さをやたら評価されてきた漫画家だった。飄々としたセリフ回しや独特の作画が魅力的な漫画家だった。このシーンは何度読んでもゾクゾクする。この見せ方は「コマ割りが巧い」なんて言葉では語れないほど群を抜いている。そして黒田硫黄がついに「巧さ」だけではない厚みのある長編作品を描くことを覚悟したのだろうと私は思った。

ニコは老人の依頼で、元スパイだったという”ぼけた婆さん”に会いに行く。
紅茶を飲みながら、やたら長い世間話。
ぼけたフリなのか、同じことを何度も聞く婆さん。
核心に迫る言葉がなかなか出ない緊張感。
「わざと老人ぶってません?」
それでも婆さんの表情は変わらない。
「良枝さんはどうしてスパイになったの?」
他愛のない世間話をやめたニコ。
「意志ではなく、才能が行く道を選ぶ そういうことがあると思うのよ」



巧くてずる賢く、周りの人間をあっという間に翻弄する気分屋の少女が、スパイとして生きていく覚悟を決め、大きな流れが動き出した。それはそのまんま作者自身の覚悟と重なるかのようだった。ここから始まるんだと読者は誰もが期待したはずなのだ。
ここで休載ですか?黒田さん!
どういう事情があって連載が止まったのか知らないが、打ち切りになったわけでもないのに、続きはもう描かないの?
あまりにも惜しい。


私はドラマ版は観ていない。あまり評判は良くなかったようだが、この漫画を読んだ人が、この話を何とか完結まで持っていってあげたいという気持ちになるのは何となく理解できる。が、これの続きを描けるのはどう考えても黒田硫黄本人しかいないだろうという気もする。未完で終わらせるのがこんなに惜しいと思う作品は他にないよ。

 

 

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アマゾンではこの漫画は「完結」って扱いになってるんだなー。