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饅頭こわい お茶こわい

本好きのただの日記。こわいこわいで食べ放題。

脳の役割をクラウドソーシングするとしたらという妄想

この記事読んだ。

「HDDは過去のものになる」──“容量無制限”のクラウドストレージ「Bitcasa」が日本市場に本格参入

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1308/28/news099.html

 

 

「世界中で30ペタバイトのデータを管理している」とのことだが、もはやこの単位がどのくらいのもんだかさっぱり想像つかない。私は仕事で未だにフロッピーディスクを使う機会があるが、30ペタなんて規模と比べると、広大な宇宙に浮かぶ小さな惑星の中のとある島国のマンションの一室くらいかな。

 

まあ実際bitcasaを使うかどうかは置いといて、HDDが過去のものになるって売り文句はちょっと心躍るものがある。容量無制限の箱に何でもしまっておけて、どこからでも高速でアクセスできるようになるなんてドラえもんのお腹についてる袋みたいだ。

 

便利になるのはありがたいが、あくまで箱。それをどう使いこなすかの方がよっぽど大事なわけで、じゃあどう使おうかちょっと妄想してみる。

ちなみに科学的な知識も根拠もないです。

 

 

脳内に記憶媒体を埋め込むなんて一昔前のSFでありがちな話だが、それって現在は実現可能なんだろうか。脳の海馬やらなんたらと接続して実際の人間の記憶と同じ感覚でデータが引き出せたりするようになるんだろうか。さらに言えば埋め込むチップに通信機能をつけて脳をネットワークに接続。知りたいことを脳内で検索したりできるようになるんだろうか。人間の記憶を暗号化してデータとしてクラウドストレージに保存できるようになるんだろうか。もしそういう未来がきたら人間はどうなるんだろう。

人間の脳が「記憶の箱」としての役割をクラウドストレージに丸投げすることによって「しまっておく」必要がなくなったら、脳は「思考」することに専念できるんじゃないだろうか。メモリを増設ような感覚になるかな。処理速度は上がるのかな。が、やはりクラウドデータ(保存してある記憶)へのアクセスはほんの一瞬のタイムラグがあり、その一瞬が致命的になる場合もあるので、必要最低限のことと、今目の前で起きている事柄の記憶は脳内に保存する必要がある。でもそうでない情報や知識の「量」に関して言えば個人差なんて関係なくなるよね。知らないことがあってもいつでも検索できるんだから。むしろそれを素早く引き出して有効に使う能力が必要になる。

恐ろしいのはやっぱりデータが飛ぶってことか。

幾重にもバックアップはとるだろうが、まかり間違って真っ白けになった日には、恋人の顔がわからないなんてことが起きるかもしれない。そこまで極端でなくとも、通信エラーで欲しい記憶が引き出せないなんて頻繁に起こりそうで怖い。「記憶を引き出さなきゃ」という記憶すら失ってしまったら?それはもう認知症のような状態になるんだろうか。いや、思考回路は活発に働いているのに保存と読み込みができない状態。

いやいやそれ以前に個人の記憶の管理を他人に任せるなんて恐ろしくてできる訳ないか。まあ、それ言ったらSF的妄想はおしまい。

もうちょっと面白いこと書けるかと思ったけど、結局私の貧弱な頭では妄想もこの辺が限界。すでに似たような設定のSF作品はあるかもしれないし、現在の科学的な研究がどこまで進んでるのか知らないが、未来が楽しい方向へ向かうことを願う。

 

 

これを書いているうちにこんな記事をみつけた。

脳と同じように機能するコンピューター

http://wired.jp/2013/09/02/truenorth/

 

『「現行のデヴァイスの代替ではなく、技術的に完全に新しい市場の入り口」となる何か』だそうだ。なんかもうすごすぎて読んでもよく理解できなかったが、とにかくワクワクしてしまう。

 

 

 

蛇足だが、そういえば脳トレで有名な川島隆太教授が以前テレビで脳科学の道に進んだ経緯を聞かれてこんなことを答えていた。(以下、記憶頼りです。正確な引用したかったけど見つからなかった。知ってる人いたら教えて下さい。)

 

中学生の時に人間はどこから来たのだろうという哲学的な疑問に興味を持った。 人類最後の日を目にすれば、この答えが見つかるかもしれない。自分の脳をコンピューターに移しておけば、それを通して最後の日を見ることができるのではないだろうか。

 

この話を聞いて私の頭に浮かんだのは手塚治虫の「火の鳥」だった。

火の鳥 未来編

人間はどこから来てどこへ向かうのか?それは正に手塚治虫火の鳥で描こうとしたテーマであり、未来編の主人公マサトは永遠の命を得て人類最後の日を目撃する。

手塚治虫の描いた未来はテクノロジーの使い方を謝った人類が何度チャンスを与えられても自ら破滅を選ぶという救いのない話だが、川島教授の使おうとしているテクノロジーには救いがあるような気がしてちょっと嬉しくなった。

 

 

 

 

 

未来こわい。人間こわい。