饅頭こわい お茶こわい

本好きのただの日記。こわいこわいで食べ放題。

誰が何と言おうと正しいと信じる道を行く。正義の漫画6選

自分は保守的で小っさい人間だってことを知っているので、真っ直ぐ突き進む人には憧れる。

心底かっこいいと思う漫画を集めてみた。

結果、ほぼ別ジャンルからのセレクトに。

 

ちなみにヒーローモノとか、漢気あふれるとか、そういう格好良さではないです。

 

それと、私の書く解説文は長たらしい上にネタバレ含みます。

 

 

 

 

キーチ

キーチ!! (1) (ビッグコミックス)

キーチ!! (1) (ビッグコミックス)

 

 

両親を目の前で殺された染谷輝一は、たった一人でふらふらと姿を消してしまう。ホームレスの女に誘拐されたあげく捨てられる。山の中で魚や虫を獲ってひとりで生きる4歳児。数ヵ月後に発見されマスコミの寵児となる彼は、誰にも曲げられない強い心を持っていた。

小学生になった輝一。クラスメイトには父親に売春を強要させられる少女がいた。売春相手は大物政治家から同級生の父親まで含まれるという悲劇。警察にもテレビ局にも圧力がかかり、この事実を隠蔽しようとする。輝一は国会議事堂前を占拠して警官を前に発砲。法や秩序ではなく、ただ己の気持ちに真っ当であろうとする小学生の姿がニュース映像として全国に中継され、英雄視されていく。

 

と、ここまでが「キーチ」の物語。何ら解決しない物語は「キーチVS」へと繋がっていく。

ゲスい大人たちを相手取って何があっても決してぶれないキーチの強さに惹かれる。

 

新井英樹の漫画はいつも読者を嫌な気分にさせる。

ヒロインはわざとブスに描くし、出てくるキャラも起こる事件もヘドがでる。

誰かに世の中を変えて欲しいと願う人に希望を持たせておいて、お前がやれと突き放す、どうしようもない無力感と絶望を感じさせてくれる漫画。

 

続編の「キーチVS」では、カリスマ扱いされたり一方でテロリスト扱いされたりすることに嫌気がさして日本国民に宣戦布告。本当にテロリストになって、好きな女ができて気持ちはブレブレになったりしてしまうのだが、

それはまた、別の話。

 

 

 

 

 

愛すべき娘たち

愛すべき娘たち (Jets comics)

愛すべき娘たち (Jets comics)

 

 

ある家庭を中心に、その周りに集まる人々を描いた連作短編。

母は娘に相談もなく、若い男と再婚する。相手は娘より若い元ホスト。騙されているのではと疑った新しい義父の、予想外に良い人柄に戸惑う娘。ずっと側にいると思っていた母を取られたと感じ、居場所をなくした娘は、結婚を決めて家を出ていく

何も倒錯した愛情を描いてるわけでもないし、風変わりな設定があるわけでもない。特別アクの強いキャラがいるわけでもない。ごく普通の人々のよくありそうな話。それでもこの濃密な時間の進み方は何なんだろう。こういう話が書けるのは女性作家特有の感性なんだろうか。

 

特に印象に残ったのは第3話。

「人には分け隔てなく誰にも平等に接しなさい」幼い頃から祖父にそう言い聞かされた莢子(さやこ)は、その言葉通り誰にも優しく微笑むことのできる美しい女性に育った。それは母親からみても出来過ぎていると思えるほど優しく清らかな女性であった。しかし同世代の友人が結婚していく中、自身は結婚に踏み切ることができない。見かねた伯母が見合い話を次々に持ってくる。やがてとても澄んだ瞳をした男性と出会う。惹かれれば惹かれるほど苦しさを感じる莢子。「私、気づいてしまったのよ。誰かを好きになるって、分け隔てるってことでしょう」

 

ほとんどネタバレしてしまったが、最後の結末だけは書かないでおきます。ぜひ読んでみてください。

こういう決断をする人にとても心惹かれます。

 

 

 

 

ヴィンランド・サガ

ヴィンランド・サガ(16) (アフタヌーンKC)

ヴィンランド・サガ(16) (アフタヌーンKC)

 

 

中世の北欧を舞台にしたヴァイキング叙事詩。名作「プラネテス」を経て、この連載が少年誌で始まった時は、こういうエンターテイメント作品も描くんだとちょっと意外に思った。騙された。

寒さの厳しい北の海で豊かな大地や財宝を奪い合うヴァイキング。父の仇の首を狙いながら、共に略奪を繰り返す主人公 トルフィン。やがて掲載誌をマガジンからアフタヌーンに変えて方向転換。当時の奴隷文化にも踏み込んで重ーい展開に。奴隷期を抜けて目が覚めたトルフィンは暴力を捨て、誰もが豊かに暮らせる憧れの大地ヴィンランドを目指す。

対比して描かれるのがノルド人の王となったクヌート。虫も殺せないほど臆病で優しい青年であった彼は、殺し合う荒くれ者たちの中で絶望する。神は弱き者を決して助けてくれはしない。世を統べる者として生まれたことに使命感を感じる若き王。彼はこの世界を変えるために大嫌いだった暴力を使うことを決意する。

 

この二人が14巻で対峙する。長かった。これを描くためにこの作者は長い前置きをここまで描いてきたのだろうか。

目指す世界は同じなのに、逆から入って逆の方向へ抜けていった二人。この先、再び二人が交差する時はくるのだろうか。

正しい方向へ向かうため、自分の信じる道を進む男たちの迷いと決意に惹かれる。まだ完結していないのでこの先の展開に期待。

 

 

 

 

 

レッド / レッド 最後の60日 そして浅間山荘へ

 

正しいと信じたことが間違った方向へ転がると、とんでもない悲劇を生むという話。

これに限っては心惹かれる要素はない。

連合赤軍事件を題材にした漫画。個人名を変えてはいるが、ほぼ事実をなぞって描かれている。セリフも資料からそのまま使ったりしているが、やはり作者 山本直樹の色が濃く出ている気がする。説明的な文章はほとんどなく、事件を知らない読者は置いてかれる感が強い。が、この淡々とした演出がこの漫画の良さであったりもする。

 

1960年代後半、日米安保をきっかけに盛り上がった学生運動も下火になりつつあった。それでも共産主義に傾倒し革命を目指す若者たちは、過激な武力闘争へ。

 

私は世代的にこの事件を知らないが、ちょっと興味があっていくつか関連書籍を読んだことがある。

この漫画の連載が始まったとき、これはあまり期待できないのではないかと思った。当時の学生運動の盛り上がりを知らない世代からすると、革命を志す人たちに共感できる要素が少なすぎると思ったからだ。

どうしても異質なテロリスト集団として映ってしまう。

しかし、読み進めるうちに次第にその違和感がなくなってきた。相変わらず共産主義にこだわる気持ちは理解できないが、当時の若者達が社会に不満を持って、より良くするために命がけで活動していたというのは伝わってくる。

7巻以降、山岳ベースでの壮絶な総括シーンが続く。閉塞した空間の中で、集団を維持するため厳しく律して追い込み、同士を次々に殺していった彼らの中に、もし自分がいたらと考えてしまう。

幹部として指導する立場であった森や永田(作中では「北」と「赤城」)の心にあったのは混じりっけのない「正義」だったのだろうか。建前の「正義」を、集団の中で誰もが否定する勇気がなかったら、こんな惨劇が生まれてしまうのだろうか。

正直読み進めるのがしんどいくらいの鬱展開。けど目が離せないのも事実。

結末がわかっているだけに早く浅間山荘に行って欲しいと思ってしまう。

 

 

 

 

同じ月を見ている

 

号泣。もう震えが止まらない。

初めて読んだのは確か漫画喫茶だった。始発を待つまでの時間つぶしのつもりが、全巻読み終えるまで帰れなくなってしまった。声を殺してボロボロ泣いた。

土田世紀の漫画は直球すぎてあざとさなんか逆に感じない。演出が巧いとか下手とかの問題ではなく、力技でねじ伏せられる。この漫画に出あえて本当に良かった。

 

人の気持ちが読めてしまうドンちゃんと、その幼なじみ 鉄矢とエミ。

ドン臭いドンちゃんはいつも馬鹿にされているが、そんなことは全く意に介さない真っ直ぐな青年。そんなドンに鉄矢はどこか劣等感を感じていた。エミがドンちゃんに惹かれていることを知っていたからだ。

あるとき鉄矢の友人との火遊びがきっかけで、山火事に発展。エミの父親が死んでしまう。鉄矢をかばって罪をかぶってくれたドンちゃんは少年院に。事実を隠してエミと婚約する鉄矢。

 

もう鉄矢の葛藤が苦しくて見ていられない。ひどく人間臭くて汚い鉄矢に対して、聖人のようなドンちゃん。自分の醜さを認めた鉄矢が全てを覚悟してドンを探し追いかける必死の形相は鬼気迫るものがある。

ラストまでドンは非の打ち所のない男で、こんな人間いるわけない。周りの人々がみな影響を受けて立ち直っていく姿を見ていると、自分も心を洗われたような気になってくる。

あー、安っぽい言葉しか出てこない。

 

 

 

 

きりひと讃歌

きりひと讃歌 (1) (小学館文庫)

きりひと讃歌 (1) (小学館文庫)

 

 

人間が獣のように体毛に覆われ、骨格まで変異してしまう謎の奇病、モンモウ病。竜ヶ浦教授は伝染病だと考え、この研究の世界的発表を持って、日本医師会の会長の座を狙っていた。小山内桐人は竜ヶ浦教授に命じられモンモウ病患者の多い犬神沢村へ入るが、自身も病気にかかってしまう。

一方、桐人と一緒に研究をしていた同僚の占部は、南アフリカに飛ばされモンモウ病と非常によく似た症例をみつける。出会ったのはキツネのような顔をしたヘレン・フリーズという修道尼だった。

桐人とヘレン、人間であることを否定され続ける苦悩。竜ヶ浦教授の権力欲のために利用されたことを知り、それに抗おうとする者たち。

 

ヘレンのとった選択が心に残った。

彼女の支えであった占部が自死し、絶望のまま病院に連れ戻される途中、ヘレンは車の中から自分に似た境遇の人たちを見つける。公害()によって不自由な身体を持ちながら、それでもその地を離れることができない人たちの村だった。ヘレンは顔を覆っていたベールをとり、村人たちの世話をしながら生きる道を選ぶ。

「私ずっとここにおります みなさんのお世話をします お金はいりません

 ただひとつだけ……約束してください 私の顔を見てこわがらないで…………

 私人間なのです こわがることはないのですよ」

素顔を晒したヘレンに驚き、石を投げつける村人たち。しかしやがて彼女は受け入れられ、その村になくてはならない存在になっていく。

 

主人公「桐一」は「キリスト」をもじった名前である。

「神!そんなものいるものか すくなくとも犬になりさがった人間を救える神なんか存在するものか」

彼の行動はキリストとはまるで違うが、竜ヶ浦教授の野望を打ち砕き、「犬の先生(ドッグドック)」と慕ってくれる人々の元へ帰っていく。ヘレンと価値観は合わないようだったが、同じように生きる道をみつけた。

 

 

小学館文庫の1巻には養老孟司氏の巻末エッセイが掲載されている。手塚治虫の描く医学界が紋切り型だと書かれている。権力の虜となった竜ヶ浦教授の悪役としての姿はまさしくステレオタイプで、堕ちていく様も実に漫画的である。養老孟司氏は自身が医者であることもあり、桐人と竜ヶ浦の正義と悪に別れた正反対のキャラクターに関して批判的に書いている(医学に携わるものとしての批判)。医者にとって、ヒューマニズムの対象としての患者(桐人から見た患者)と、医学的資料としての患者(竜ヶ浦から見た患者)。本来医者とはこの両面を尊重し葛藤する人間だと。

なるほどもっともな話だと思う。

作者はすでに医者ではなく、漫画家であったのだろう。

手塚治虫が描きたかったのは、権力者の批判ではなく、権力に立ち向かう強い意志を持った者だった。

意志が弱く流されやすい私はそういう人に憧れるのだ。

 

よしながふみ「大奥」11巻まで読んで今後の展開を予想してみる

前回は、よしながふみ「大奥」の主要な人物と出来事について、史実との比較を長々と書いたが、
今回は大胆にも、今後(12巻以降)の展開予想をしてみようと思う。

ちなみに私は単行本派。連載誌は読んでない。

 



黒木良順青海伊兵衛
青沼亡き後、この物語の非常に重要な人物となった黒木良順と青海伊兵衛。この二人はおそらくオリジナルキャラっぽいが、せめてモデルくらいはいるんじゃないかと思ってググってみた。「黒木良順」で検索すると「島本良順」という名前の人物が引っかかった。調べてみるとまさにこの時代(寛政年間)の人だ。

 

島本良順は元々漢方医だったが、長崎で蘭学を学んで佐賀藩医学寮の初代寮監となった人。
む?
その弟子の伊東玄朴は江戸で初めて種痘を行って天然痘撲滅への道を開いた人物だ。彼は後に幕府の奥医師となっている。
むむ?。
「良順」って名前で偶然引っかかっただけの人物が天然痘にこれだけ関係している。

徳川家斉征夷大将軍となったのが1787年。
良順が長崎から帰って佐賀で蘭学塾を開いたのが1795年。
ジェンナーが牛痘に成功したのが1796年。
伊東玄朴が良順に師事したのが1822年。
良順が佐賀藩医学館の寮監になったのが1834年
中村涼庵が佐賀藩鍋島直正の子に種痘を成功させたのが1837年。

うーむ。
この島本良順が「黒木良順」のモデルとなった人なんではなかろうか。
「赤面疱瘡」は天然痘をモデルにしてできたものであろうし、作者のよしながふみがこのへんの天然痘研究者たちを知らないわけはないと思うのよ。


ここで今後の展開の予想をしてみたいと思う。
11巻の巻末に次巻予告が載っている。
一番目立つコマには黒木の「天文方…」というセリフ。
この時代で「天文方」が関係してきそうな事柄といえばやはりシーボルト事件だろう。
1828年、オランダ商館付きの医師 シーボルトは帰国直前、国外持ち出し禁止の日本地図を所持していたことが発覚し、国外追放となった。地図を送ったのは幕府天文方 高橋景保。このとき景安から地図をシーボルトに渡すよう頼まれたのが、シーボルト鳴滝塾門下であった勘造という男。事件の追求を逃れるために名乗ったのが伊東玄朴という名である。
松平定信が禁じて以来、蘭学はずっと厳しい圧力をかけられてきたが、この事件はそれをますます後押しする形となる。
さて、この事件が黒木とどう関わってくるのだろう。
かなり大胆な予想をしてみよう。
黒木が幕府天文方 高橋景保からシーボルトに日本地図を渡すよう依頼される。黒木はそれを、長崎に行く用があった伊兵衛に託す。伊兵衛はシーボルトに地図を渡すが、後にそれが発覚。伊兵衛は佐賀藩の伊東仁兵衛の二男 玄朴として自首し無罪放免となるが、黒木は投獄され、やがて獄死する。黒木の意志を継いだ伊東玄朴(伊兵衛)がお玉ヶ池種痘所をつくって種痘を成功させる。

(参考資料として。とても興味深い記事。 http://www3.saga-s.co.jp/pub/hodo/kaikaku/kaikaku18.html

 



いかがでしょう。
これまで「大奥」を読んできた読者なら、この予想がかなり無茶なものだってのはわかるはず。
なぜなら作者よしながふみは、この物語において、実在の人物や事件をほぼ改変することなく描いてきたから。オリジナルキャラクターである伊兵衛を実在の人物に繋げるってことはしないと思うんです。
まあ、今後この二人が、この物語にとって非常に重要な役割を担っていくことは間違いなかろうし、もしちょっとでも当たってたら誰か褒めてください。

 

 

興味ある人はこちら↓も読んでもらえるとありがたい。長いけど。

 

 

 

 

 

よしながふみ「大奥」で描かれる事件は史実通りなのか?比較してみた

前回、「大奥」11巻までのあらすじを書いて、だいたい流れがつかめたので、これからようやく本当に書きたかったことを書く。つまりは前回のは前置きです。
私が知りたかったのは、この漫画に描かれている人物や事件のうち、どこまでが史実通りで、どこからがオリジナル要素なのかってこと。
で、苦労して調べた結果、ちょっと歴史の勉強くさくなってしまったが、まあ興味のある人は読んでみてください。
念のため断っておくが、素人がネットで調べただけなので歴史資料としての価値はありませんよと。




鎖国に至った経緯

作中では男子の数が激減したことを諸外国に隠すために国を閉じたとしている。
春日局が語る表向きの理由はこれ。「表向きは貿易による利益のご公儀による独占とでもしておけばよい」たった一言で済ませているが、この物語上はこれで充分だと思う。

そもそも本来 “鎖国” という言葉はこの時代には使われていない。作中では長崎にしか触れていないが、実際には松前藩アイヌと、対馬藩は朝鮮と、薩摩藩琉球王国と交易している。決して幕府が独占していたわけではないが、管理・統制しようとしていたのは本当のようだ。理由はキリスト教の弾圧。織田信長の時代、南蛮との交易は盛んに行われたが、ポルトガルやスペイン(カトリック国)の布教活動は植民地政策の第一歩だった。要するに日本を侵略するために来てたわけ。実際多くの日本人が奴隷として海外に売られている。秀吉がキリスト教を禁止して江戸幕府もそれを引き継いだ。経済活動と布教を分けて考えていたオランダやイギリス(プロテスタント)との貿易は禁止されていない。

この物語ではキリスト教弾圧の話はあまり関係無いため簡単な理由で片付いたのか。




生類憐れみの令

作中で、家光(女)の側室 玉栄(お玉の方 後の桂昌院)は大奥入りする前に、ある僧侶 隆光に「いずれ天下人の父になる相が出ている」と言われる。生まれた子が綱吉(女)。綱吉はなかなか世継ぎができず、心配した桂昌院はあの僧侶に会いに行く。護国寺だけで足りぬならあなたのためにもっと大きい寺院を建ててもいいという桂昌院に対し、僧侶は、世継ぎが生まれぬのは、あなたが若い頃に行った殺生のためだと言う。思い浮かんだのは若かりし頃に殺した猫のこと。それは心から慕う有功のためであったのだが…。

生き物を大切にしなさい。綱吉公は戌年なので特に犬を大事にした方がいい。僧侶の言葉に強いプレッシャーを感じる桂昌院。そして父の無茶な言葉に逆らえない綱吉。

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護国寺で足りぬならと頭を下げる桂昌院


この話は漫画の設定に沿うように細かい部分をいじってはいるが、概ね実際の逸話通りに描かれている。僧侶のモデルとなったのは、桂昌院(お玉の方)に男子が生まれることを予言して護国寺の開山となる亮賢。そしてもう一人、生類憐れみの令を出すきっかけを作った護持院 隆光。この二人の役を一人に担わせたのはおそらく予言キャラとしてかぶっているからだと思われる。この逸話がどこまで本当かは分からないが、生類憐れみの令が悪政だとボロクソに批判されたというのは私が子供のころは常識だった。が、近年の評価は多少違うようだ。これは元々は人間を含む全ての動物を大切にしましょうというもの。当時頻繁にあった捨て子や姥捨て、また太平の世になったにもかかわらず簡単に暴力にうったえる輩が多かったことを鑑みて、国民のモラルの向上を目的としたものだそうだ。実際、治安は格段に良くなってかなり評価もされていたようだが、しだいに極端に厳しい令も発布されるようになる。釣りをしちゃだめとか。町に野犬があふれ人を噛み殺すこともあったため、収容する小屋をつくったが餌代がかなり財政を圧迫した、などは批判もやむなしか。いくらなんでも蚊を殺して周りの人が青ざめるなんてことはなかったと思うが。

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赤穂浪士事件

浅野内匠頭の松の廊下での刃傷事件を発端にした復讐劇。よく一般的に知られる勧善懲悪の物語は、人形浄瑠璃「仮名手本 忠臣蔵」が人気を博して広まったものらしい。以降さまざまな形で劇化され、まるでそれが史実かのように広まった。

争点になるのは浅野内匠頭吉良上野介への「遺恨あり」の部分。これが刃を向けるに正当なものであったかどうかが肝心なのだが記録として残ってはいない。なぜ記録として残っていないのか。単なる浅野の乱心であったのか、記録が消されたか。

幕府の裁定はあくまで “殿中での抜刀” 自体への処罰であって、これは死罪を免れない。喧嘩両成敗を訴える赤穂藩だがそもそも浅野が背後から一方的に斬りつけたのであり吉良は抜刀すらしていない。この討ち入りは一般的に仇討ちという表現がされるが吉良が浅野を死罪に追い込んだわけでもないし、浅野は遺る家臣に打倒吉良を託したわけでもない。四十七士は切腹となるが、やはり本来は打首獄門になってもおかしくないように思える。それだけ当時は赤穂浪士のしたことが支持されたということか。

この漫画で面白いのは吉良(女)に「浅野や大石がもし女であったなら決してこんな事には…」と語らせていること。そして以降、綱吉(女)は武家の跡目を男子が継ぐことを禁止していること。漫画の設定にうまいこと繋がっているな。




側用人 柳沢吉保

気になったのは柳沢吉保(女)と桂昌院(男)との関係。そして吉保が綱吉を殺害するシーン。

作中では愛人だった二人の関係を綱吉が知ってしまい、吉保に詰め寄る様子が描かれている。綱吉のそばにずっと居たかっただけだという吉保に、決して裏切るなと刃を突き立てる綱吉。そして後に、綱吉への想いの強さからか、殺害に及ぶ吉保。

この話、元ネタを探してみたが見つからなかった。ここは完全な創作なんだろうか。しかしこの柳沢吉保という人物、調べてみてもあまり出世欲がありそうな気がしない。大老格にまで上り詰めながら、綱吉の死後、将軍の代替わりとともに自ら役職を退いている。高い能力がありながら決して主君には逆らわず、ただひたすら綱吉を慕い続けた人だったのだろうか。個人的にこの演出はすごく印象に残っている。

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男っぽい名前の女

綱吉の時代に側室として次々と京都から呼び寄せられた右衛門佐(えもんのすけ)や大典侍(おおすけ)新典侍(しんすけ)の名前。作中では男性。これらは当然実際には女性なのだが、てっきり男名に合うように改変されたものだと思っていた。しかし実際その名で通っていたそうな。「右衛門佐(えもんのすけ)」も「典侍(ないしのすけ)」も官職の一つらしい。




江島生島事件

作中で月光院(男)は登場時点(大奥入りする前)から「左京」と呼ばれているが、これは局としての名なので後に与えられたもの。母との相姦関係など、間部詮房(女)に見出され大奥入りする背景が丁寧に描かれているがこの辺は完全な創作か。しかしよしながふみは、この創作部分がすばらしく面白いわけさ。このへんの左京が間部詮房に惚れていく様がきちんと描かれた上で後の話に繋がっていくあたり、ホント一切無駄がない。
左京は顔はいいが、未練がましく間部を想い続ける健気で涙ぐましいただの摩羅。対する江島(男)は見た目は悪いが大変な人格者で色恋に縁のない人生を送ってきたがゆえ、生島新五郎(女)との出会いが強烈な印象をもって描かれる。この漫画では江島は熊のように毛むくじゃらで外見に強いコンプレックスを持つ男。しかし大概の歌舞伎や時代劇では美女として描かれることが多いようだ。なぜこの漫画では不細工な顔にしたのだろう。作中、遠流刑となり幽閉された江島。彼の外見を知らない民衆が噂をしているシーンで、どんな色男なのかしらみたいな会話が見られる。噂には尾ひれがつくもんですよってことかな。「演芸ではたいてい美女として描かれてるけど、真実はこうだったのよ」みたいな演出で面白い。まあ、深読みがすぎるかもしれんが。

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ちなみに「大奥総取締」という職名は実際には存在しないらしい。江島の役職は御年寄。大奥を取り仕切る立場であったのは間違いない。当時大奥は表の世界にも大きな影響力を持っていて、大奥女中に嫌われて罷免される老中もいたほどであった。表の男たちは当然それを面白くは思っていなかったろうし、作中でも描かれているように大奥が財政を圧迫するほどの「金食い虫」であったことから幕閣は大規模な改革を行う機会を狙っていたのかもしれない。そんな時に起きたこの事件。これは天英院派と月光院派の権力争いが背景にあり、六代 家宣の正室 天英院が後継に紀州の吉宗を押していたことから陰謀ではないかという説もある。この漫画もその説を元に描かれているが、実際の記録にそのような記述はどこにも見当たらないらしい。まあ公式の記録に権力者にとって不都合な記述が残るはずがないのは歴史の常識。江島の罪が、ただの風紀違反にしてはやけに重いのも事実で、不自然な点も結構ある。江島は遠島(島流し)ですんだが、その兄で旗本の白井平右衛門は斬首になっている。当事者よりずっと重い罪なのは何故? また江戸の芝居小屋も大奥内も大幅に風紀が粛正され、巻き添えのような形で処罰された者が1000人を超えるという話も。
権力争いの裏で糸をひく吉宗の側近 加納久通(女)の陰謀として、漫画でのその見せ方は非常に惹きつけられる。この時点で吉宗は加納の暗躍を知らず、これが長い年月を経て吉宗への告白へと繋がっていくのも見もの。このへんも作者の創作なのだろうが、やっぱりここも素晴らしいんだな。
ちなみに加納久通が大奥に江島の部屋子として送り込んだのが宮路という御庭番。江島に芝居を見に行く段取りをつける役。長い間忠実に仕えた有能な男だと思ってたのに、お前かよ!そして役目を終えた宮路と入れ替わりで江戸に入ってくるもう一人の御庭番、三郎左は1巻で吉宗の命を受けて水野の素性を調べた男。うーむ、こんなところにしっかり繋がっているわ。

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実在しないオリジナルのキャラクターたち

水野祐之進(男)

1巻の主役 水野。ご内証の方として吉宗に選ばれ、死罪となることを受け入れる男前。吉宗の計らいで別人として生きることを選択する。
この水野の話はここで綺麗に完結している。もしかしたらこの「大奥」という漫画はもともと水野の話だけで終わるはずの短期連載だったのかな。長期連載が決まって、過去を紐解く形で家光編を描くことになったかのような展開。いやこれはこれで見事だけど。
ちなみに水野は八巻(→七巻でした)で再び登場している。吉宗がつくった町火消に集まる男衆の一人としてちょいと顔出し。にくい演出ね。

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薬種問屋 田嶋屋

水野の幼なじみ お信の家。実はこの田嶋屋、後の世で思いがけず顔を出している(11巻)。青沼のもとで蘭学を学んだ者の一人、僖助が大奥を追放された後、婿として入ったのが田嶋屋。僖助は、過去にあった水野のことを引き合いに出し、田嶋屋はつくづく大奥に縁があるねえなんて話をしている。あれ?水野さん、大奥でのことは決して外に漏らしてはいけないんじゃなかったっけ…。

青海屋仁左衛門(女)

こちらも青沼のもとで蘭学を学んだ一人、青海伊兵衛の母親が廻船問屋の青海屋仁左衛門。彼女は田沼意次(女)の印旛沼干拓事業を請け負うという意外に重要な役割を担っている。もしかして実在したのかと思ったが、やはり見つからず。

仲居頭 芳三(男)

大奥で鰻丼を広めようと頑張ってる人。男色の気もないくせに、言い寄る若い後輩をねん弟として受け入れちまう男っぷりのいい板前。これが優しさです。
冗談はさておき、この人がいないとお幸の方の話は成り立たない。詳しくは以前のエントリー参照

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これらは私がネットで調べた結果見つからなかっただけで、本当は実在したものもあったのかもしれない。
誰か知っている人がいたら教えてください。




九代将軍 家重

作中で、八代 吉宗(女)は大奥の中でも身分の低い卯之吉(後のお須磨の方)にこっそり手を付ける。やがて生まれた子が家重(女)である(卯之吉の子とは書かれていないが顔がそっくり)。

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将軍になってから初めて子をなしたかのように描かれているが、実際には家重は紀州藩主だったころに生まれた男子。脳性麻痺があったことは確かなよう。ウィキペディアに書いてあった。戦後行われた遺骨調査で歯が大きく摩耗しており、これは日常的に歯ぎしりをしていた証拠で、脳性麻痺の特徴らしい。排尿障害があったらしく、江戸城から上野寛永寺までに23箇所の便所を設置させた。
頭蓋骨と骨盤の形から女性説もあるが、これはちょっと飛躍しすぎな気が。




田沼意次松平定信

私が子供の頃、歴史の授業で習った田沼意次の印象は賄賂で私腹を肥やした悪徳老中だった。逆に松平定信はそれを改革した清廉潔白な政治家という印象。あれから20年。歴史の評価はずいぶん変わるものだなと思う。今では田沼は貨幣経済を振興した近代日本の先駆者と言われるほどの絶賛ぶり。収賄の事実はあったようだが、当時賄賂はどこでも広く行われており、現在の認識とは異なる。人間関係を円滑にするための挨拶のようなものだったのかもしれない。田沼が賄賂を拒否したという記述もあるし、逆に反田沼の代表格である松平定信が田沼に賄賂を送ったという記録もあるらしい。田沼の失脚後、老中となった松平定信は田沼の財産を没収。城は打ち壊し。老中を降ろされたとたんこの仕打ち。一体どれだけ目の敵にされていたのだろうか。
漫画の中でも田沼(女)は他に類を見ない革新的な人物として登場し、なおかつ絶世の美女。吉宗に赤面疱瘡の根絶を託されている。逆に松平(女)は実直で潔癖。であるがゆえに出し抜かれて利用される不運な人物。11巻ではあんなに頑張っていたのにちょっとかわいそうなくらいの扱い。でも実際この人はこの通りの人だったんじゃないかなと思ったり。
さて、田沼の登場でようやく赤面疱瘡の対策がとられるようになるが、ここまで江戸の歴史を振り返ってみて、なるほど田沼意次以外にそれを担える人はいないのではと思えるほどこの人選は絶妙だと思う。平賀源内がいるし、吉宗が奨励した蘭学が花開いたのもこの時代だし。きっと作者のよしながふみは年表を開きながら赤面疱瘡の対策を打つ時期をいつにしようかと探っていただろう。そして見つけた!!と思ったろう。ここしかないもんね。




平賀源内

本草学者であり、作家、俳人、蘭画家、発明家、その他様々な肩書をもつ天才。長崎で本草学を学び、妹に婿養子をとらせて家督を放棄する。高松藩の家臣であったが、諸国を自由に旅するために辞職している。仕官お構いとなって以後どこの藩でも仕官は許されない身分となった。男色家で、二代目 瀬川菊之丞との中は有名だったらしい。春画を描いたり、長崎で手に入れたエレキテルをその原理もよく知らないままに修復したり、「放屁論」で屁について論じたり、まさに異才。
作中で、大奥の仲居頭 芳三から鰻を飯に乗せて丼で食べると旨いことを聞いて鰻屋にそれを教えるシーンがあるが、「土用の丑の日」というキャッチコピーはまさに源内の発案だと言われているそうな。晩年は、酒によって勘違いから大工の棟梁二人を斬り殺してしまい、獄中で亡くなっている。漫画では男装の女性として登場し、赤面疱瘡の根絶のために諸国を奔走する非常に重要な役割を担っている。11巻で描かれる牛痘は実際に天然痘ウィルスを根絶した予防法らしく、赤面疱瘡の予防法として挙げている熊痘は実際理にかなった方法なのかも。




青沼

青沼のモデルになった人物がいないか探してみたが、見当たらなかった。やはり完全なオリジナルキャラクターらしい。ちなみに青沼が長崎時代に師事した吉雄耕牛は実在の人物。
作中では、世間に流れる噂話として田沼意次が賄賂を受け取っている様子が描かれている。田沼に送られた大きな桐の箱。表書きには「オランダ人形一体」。中から青沼が出てきて田沼に寄り添う。この噂話は田沼批判の気運が高まった頃に実際あったものらしい。「京人形一体」と書かれた大きな木箱の中に本物の舞妓が入っていたという噂話。こんな話が後世に残ってしまうもんなんだな。ここでも男女逆転の設定がうまいことハマる。

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家基の死、田沼意知の死、家治の死

田沼意次失脚へと繋がる三人の死。作中での黒幕は一橋治済(家基の死に関しては不明)。11巻の帯には「怪物、徳川治済」の文字。十代 家治(女)の世子 家基(女)の謎の死。意知(女)を殺し、家治を殺し、平賀源内を梅毒にして死に至らしめ、青沼らの失敗を見計らって田沼を失脚へと追い込む。しかも自らの手は決して汚さない。将軍になっていないにも関わらず大御所の肩書を欲しがって、反対する松平定信をあっさり罷免。一橋家の四女に生まれながら幼き頃から身内を殺しまくり、当主に成り上がった過去を持つ。これ、漫画史に残るサイコキャラ。
さて、実際はどうだったのだろう。

漫画の中で、家基が亡くなった後に田沼親子が会話を交わすこんなシーンがある。「治済公が次の将軍におなりあそばすのなら 母上のお立場もまずは安泰という事ですわね だって治済公と母上はいつもご親密になさってますもの」これに対して意次は「それはどうかの 意知 覚悟しておけ 田沼家の命運は風前の灯かもしれぬぞ」と答えている。

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実際、この頃の意次と治済の関係は表面上うまくいっていたようだ。田安定信を松平家の養子にしたのはこの二人の仕業だと言われている。家治の世継ぎ 家基もこの二人が暗殺したのではないかという説がある。家基は幼い頃から文武に優れ、成長するにつれ意次の政治を批判するようになったという。十八歳の時、鷹狩りに出かけた帰りに突然腹痛を訴える。帰城の際には、駕籠の中からものすごい唸り声が聞こえたらしい。この時同行した典医が田沼意次の息のかかった者だということである。腹痛で大声をあげるなんてことがあるのだろうか。確かに不審な点の多い話である。しかしそもそも田沼の権力は家重・家治の後ろ盾があってのものであり、いくらなんでもそんなリスクの大きいことをするとは思えないとする説もあり、近年はこちらの方が有力らしい。疑わしいのはやはり治済。後に十一代将軍となった治済の子 家斉は、毎年必ず家基の命日に参詣(あるいは代参)している。将軍を歴任した者ならともかく、そうではない家基を家斉が祀るのは異例のことで、これは後ろめたいことがあったためではないか。家斉にしてみれば、自分を将軍にするために父親が暗殺したことを知っていたため、家基を鎮魂のために祀ったのではないかというのだ。
この家基の死を受けて二年後に家治は治済の子 豊千代(後の家斉)を養子に迎える。家治は治済による暗殺の可能性を考えなかったのだろうか。それとも勘ぐってはいたが、証拠がないのでやむなく選んだのだろうか。家斉を推したのは田沼意次だということである。

田沼意次の子 意知は江戸城内で佐野政言に襲われた。享年35。若年寄として父の政治を支えた非常に優秀な人物であったが、彼の死後、天明の大飢饉で高騰していた米の値が一時的に下がったためか、佐野は「世直し大明神」と崇められることとなってしまう。このころ大災害が続き、飢饉に苦しむことになったのはすべて田沼のせいだとする当時の市民の感覚は現代の我々には多少理解し難いが、為政者として批判が出るのはやむを得ないのか。この大災害の連発は田沼にとって不運としか言い様がない。佐野政言の犯行動機は意知が佐野家の系図を借りたまま返さなかったことや、田沼に賄賂を送ったのに昇進ができなかったことが挙げられているが、死を覚悟して殺人を犯すほどのことだろうか。もし佐野を操っていた人物がいたとして、一番田沼親子が邪魔だったのは、松平定信。定信は後にいつか田沼を殺してやろうと思っていたという言葉を残している。田沼政権を賄賂政治と批判しながら、自らも意次に賄賂を送っている。治済が定信をうまく利用して意知を殺させたという説もある。

家治の死に関しても暗殺説はある。が、このへんの黒い疑惑は全て推測の域をでないので、正直もうよくわからん。誰か詳しい人、解説してくれ。
わかっているのは、この三人の死で最も得をしたのは明らかに一橋治済, 家斉親子だということ。








さて、ここまで主要な登場人物と事件について書いてきたが、まだ重要な人物が残っている。
黒木良順と青海伊兵衛。
だいぶ長くなったので一旦ここで区切りとします。
次回はこの二人についてと、この漫画の今後(12巻以降)の展開を予想してみる。

 

大奥 11 (ジェッツコミックス)

 

 

続きこっち↓

 

 

 

「大奥」が壮大すぎてよくわからなくなってきたので11巻までのあらすじをまとめてみた

よしながふみ「大奥」は江戸時代の大奥を舞台に、歴史上の人物がことごとく男女逆転した世界を描く壮大な歴史ドラマ。
なんだけど正直ね、壮大すぎてよくわからんてことがしょっちゅうある。登場人物が非常に多く、ストーリーは決して時系列を追って描かれるわけでもないし、複雑な人間関係が世代を越えて絡んでくるので全体的な流れがつかみにくいのだ。少なくとも私には。何度も何度も読み返してようやくわかってきたような気がするので、最新11巻までのあらすじをまとめてみたいと思う。ちなみにこれは未読の人に紹介するのが目的なのではなく、読んだけどもうだいぶ忘れちゃったという人が流れを掴むのに役だったらと思って書いたものです。なので大奥での色恋はざっくり省き、むしろ表側、歴史に残る事件や、赤面疱瘡がこの時代にどのような影響を与えたかってことを中心にまとめています。
まず前提として赤面疱瘡。若い男子にしか罹らない非常に致死率の高い病の大流行によって江戸期の日本は男子の数が激減する。やがてそれは、女性のおよそ1/4という数字で安定していくのだが、まずは病の流行り始めから。徳川家光の治世である。


三代将軍 家光(男)が赤面疱瘡にかかり倒れた。
春日局(女)は、男色であった家光が子をなすようにと大奥をつくったのだが、結局大奥がその役目を果たすことはなかった。家光は世継ぎを残すことなく死に至る。徳川の世を守るため、再び戦乱を呼ばぬため、幕府はこの事実を隠す決断をする。
家光には隠し子があった。城を抜け出し、町娘を強姦してできた少女。長年匿われて事は伏されてきたのだが、徳川の血を絶やさぬために春日局はこの少女に目をつける。この少女が世継ぎを産むまでこの事実を決してもらしてはならない。男子禁制のはずだった大奥は、逆に男ばかりを集めた女人禁制の場となった。男子が極端に少ないことが外国に知れては攻め込まれてしまう。異国船の入港を長崎に限定し、日本人の海外渡航を禁止。こうして鎖国は始まったのである。
家光の代わりとなった少女にはなかなか世継ぎが産まれなかった。生まれた子供はいずれも女。やがて状況は変わっていく。世の男子が少ない上、疱瘡を恐れるあまり外に出て働くことができない。女が働きに出るのが当たり前になり、家督を女が継がねばならないという状況がうまれる。もはや武家であろうとも後継に女子が立つことを認めないわけにはいかなかった。春日局亡き後、頼れる頭脳を失った徳川家は、家光の隠し子が主君として恥ずかしくない聡明な女であることに気づく。三代将軍 家光の死を隠すのではなく、家光は女であると公にしたのだ。こうして女将軍 家光が誕生。以後も長い年月に渡って将軍家に男子が生まれない時代が続き、徳川家は女が継いでいくことになる。


五代将軍 綱吉(女)は聡明な頭脳を持ち、傲慢で、男を惑わす美貌の持ち主だった。それ故に大きな孤独を抱え、その寂しさを大奥で紛らわそうとする。唯一掛け値なく愛情を注いでくれる父 桂昌院の言葉を撥ね付けることができず、生類哀れみの令を出す。綱吉は犬公方と呼ばれ揶揄された。あるとき事件が起きる。吉良上野介(女)を逆恨みした浅野内匠頭(男)が殿中で刃傷沙汰を起こすのである。当然吉良にお咎めはなく、浅野は切腹。この判決は喧嘩両成敗に反する、と不服の赤穂藩。浅野の忠臣 大石内蔵助(男)を始めとする赤穂の浪士四十七人は吉良邸に押入り、吉良の首をとってしまう。この時代、世間ではすでに男は極力外を出歩かず、子種を残すために丁重な扱いをされていた。女が男を守るのが当たり前の時代。男盛りの勇猛な四十七士は英雄扱いされることとなった。吉良は今際につぶやく。「そんな馬鹿な 浅野や大石がもし女であったなら決してこんな事には…」綱吉は以後、武家の跡目を男子が継ぐことを禁止する。この禁はやがて家宣の代で解かれるが、そのころには女子相続は当たり前のものとなっていた。


六代目 家宣(女)は人格者であったが体が弱かった。側用人 間部詮房(女)は身分の低い左京(男)を家宣の側室として取り立てる。やがて家宣は子をなすが、左京がずっと想いを寄せていたのは間部であった。家宣が亡くなり悲しみにくれる間部は左京と一度だけ関係を持ってしまう。このことがやがて江島生島事件へと発展していくことになる。家宣の死後、将軍となった七代目 家継はまだ幼い上に病弱であった。後継候補にあがったのは尾張徳川家の継友と紀州徳川家の吉宗。間部詮房は尾張を推していたが幕閣内では孤立ぎみであった。大奥も二つの派閥にわかれている。間部を支える月光院(落飾後の左京の名  六代家宣の側室)派と、紀州の吉宗を推す天英院(家宣の正室)派。大奥での力関係は月光院に分があった。この時までは。月光院に仕える大奥総取締 江島(男)は部下にたいそう慕われる人格者であり、また堅物な男である。部下 宮路の気遣いもあって、たまの息抜きにと街に出て芝居見物に。そこで一番の人気役者 生島新五郎(女)と出会い、かつて抱いたことのないほのかな恋心を抱く。がしばらくして唐突に二人は捕らえられてしまう。大奥総取締という要職にありながら風紀を乱し、生島と密会を重ねていたというのである。凄惨な拷問に堪えかねて生島は密会の事実がないにも関わらずそれを認めさせられてしまう。決して認めようとしない江島に詰め寄る仕置き人。間部詮房と月光院(左京)の関係を認めればその罪を不問にしようと言うのである。江島を捕らえた真の目的はこれであった。幼くして病弱な七代 家継の跡目を狙うものが裏で糸を引いていることを知った月光院。江島の命を救うため、惚れた女(間部)の立場が危うくなるのを覚悟で対立する天英院に頭を下げるのであった。家継亡き後、こうして元は紀州徳川家の三女であった吉宗の元に将軍の座が転がり込むこととなる。数々の政敵を亡き者にし、主君を将軍にまで押し上げた加納久通の暗躍を吉宗はまだ知らない。


八代将軍 吉宗(女)。質素倹約を旨とする吉宗は贅の限りをつくす大奥の決まり事が不満であった。また、女が男名を名乗ることに疑問を持っていた。表向きの記録の上では男ばかりであるように見える。大奥の始まって以来、御右筆としてその記録を残してきた老人 村瀬を訪ねた吉宗。彼女は“没日録”と題された大奥の歴史を紐解くことによって、江戸初期までは男の数が女と同じだけあり、今の世が男女逆転した不自然な状況であることを知る。赤面疱瘡の蔓延を防がねばこの国の未来はない。吉宗は諸大名に一万石につき百石の上納を課すかわりに参勤交代の期間を一年から半年に短縮する上米の令を出し幕府の財政を立て直す。目安箱の設置、働き口のない男衆を使っての町火消など様々な改革を実行し、後の世に中興の祖と呼ばれるが民衆の暮らしが決して豊かになったわけではなかった。大奥の人員を大幅に削減。大奥内の対立を防ぐため夜の相手は平等に選び、生まれた子の父親は適当に決める。そのため、これまでこの物語の主軸であった男女の色恋は一切描かれず、最重要人物の一人でありながら割とあっさり次の世代へ物語のバトンを渡すことになる。産んだ子は三人。九代将軍となる家重(本家)、美人で聡明な宗武(田安家)、そして三女の宗尹(一橋家)。偉大な母の跡目を巡って後の代まで三家が争うことになる。


吉宗の長子 家重(女)は言語が不明瞭であった。強いコンプレックスを隠すためか傲慢なところもあり、誰の目にも次期将軍には次女の宗武が相応しいと見えた。が吉宗が選んだのは家重。そしてその側用人には田沼意次(女)がいた。田沼は隠居して大御所となった吉宗に政策について訊ねられ、商人から税を取り立てる案を披露する。「この世は決して侍がお上から頂く米俵で廻ってはおりませぬ この世は全て金で廻っているのでござりまする」これに驚いた吉宗は赤面疱瘡根絶の希望を田沼意次に託すのであった。田沼は大奥内で疱瘡の研究を進めるため、平賀源内(女)に有能な蘭方医を連れてこさせる。長崎の出島から連れてきた異人の子 青沼は最初こそ大奥内で疎まれる存在であったが、次第に信頼を得て赤面疱瘡の研究を進めていく。大奥内のインフルエンザの流行を石けんによる手洗い推奨で防いだことから、赤面疱瘡も治療より予防が有効なのではと考えた。弱毒の疱瘡患者から針で膿を取り出し、未感染の若い男子に植えつける人痘接種。しかしそれには弱毒の患者を探し出し、なおかつ絶やすことなく病気の種を人から人へ植えつけ続けなければならない。平賀源内は考える。赤面疱瘡はもともと熊の病気であったはずだ。ならば多くの熊を囲い込み、熊から熊へ移していけば病気の種を管理することができるのではないだろうか。しかしあまりに大胆なこの発想はこの時点で誰にも受け入れられることはなかった。
源内は天才であったが、その奔放な振る舞いから目の敵にするものも多い。夜道を歩く源内に詰め寄る醜い面の男たち。梅毒をうつされて身体中に発疹ができる。青沼に病状を告げられ、源内は残りの命がわずかであることを知った。仕組んだのは反田沼の勢力である。


田沼意次は十代 家治(女)にも重用され、老中となって絶大な権力を誇っていた。それが気に入らないのは田安家 宗武の子 松平定信(女)。彼女は吉宗の血を引くことに強いプライドを持ちながら、松平家に養子に出されたため後継候補から外れていた。一橋家 宗尹の子 治済(女)は穏やかな顔を見せながら松平定信をたき付けるようなそぶりもみせる。世継ぎ 家基(女)が若くしてなくなり悲しみにくれる家治。
一方、青沼は平賀源内の帰りを待っていた。病気の体をおして遠方まで旅を続け、ついに弱毒の疱瘡患者を探し出した源内。いよいよ人痘接種の始まりである。リスクを恐れて志願者はなかなか集まらない。しかし実験台を買って出た仲間たちのおかげでやがて大奥内で認知され、ある大名から人痘接種の依頼がくる。一橋治済(女)は息子 竹千代に人痘接種を受けさせようとするが、ワクチンの考えを知らぬ幼子にはただただ病気をうつされる恐怖が強い。青沼は優しい笑顔で語りかける。極まれに強毒を発症し死に至るケースもある。しかしその確率は極めて低く、乗り越えれば免疫ができて二度と赤面疱瘡を恐れる必要はなくなるのだ。この成功を持って一気に評判は知れ渡り、他の大名からも依頼がくるようになった。青沼たちの成功はますます田沼意次の評判を上げる。しかし世間では地震や洪水、浅間山の大噴火など天災が立て続けに起きる。飢饉に苦しむ民からは田沼の失政を口にする者も現れる。そんなとき事件は起きた。意次の長子 意知(女)が殿中で刺殺されたのである。すぐさま捕らえられた佐野政言(女)は気が触れた様子で動機を訊ねても埒があかない。打ち首になった佐野の墓には田沼の失脚を望む民衆から“世直し大明神”ののぼりが立てられていた。さらに、恐れていたことがついに起きる。百人に三人と言われた人痘接種の副反応が、よりによって松平定信の甥に出たのである。定信はこれを田沼意次の仕業だと考えた。悪いことは立て続けに。将軍 家治が病に倒れる。世継ぎを失って以来、長いこと家治は典医の持ってくる薬湯を飲んでいた。家治を診察した青沼は田沼意次にこれは砒素中毒の症状だと告げる。長い間知らずに毒を飲まされていたのだ。その事実を告げてももはや田沼は誰にも信用されない。ほどなくして家治は亡くなり、田沼は罷免され、青沼は死罪となる。青沼の元で蘭学を学んだ仲間たちは大奥を追放。平賀源内も梅毒で亡くなった。捕らえられた青沼は大奥の仲間たちに笑顔で語る。死罪が私だけでよかった。志さえ捨てなければ必ずいつか機は訪れる。皆さんどうかその日まで生き長らえてください。青沼の死後、その記録は全て抹消される。青沼の手で人痘接種を受けた治済の子 豊千代(竹千代から改名)は元服して名を改める。三代 家光以来、実に百五十年ぶりの男子としての将軍、第十一代 家斉の誕生であった。


男が将軍になるなんて。なぜ治済自身が将軍にならなかったのか。幕閣たちの疑問に治済はこう答えている。男が女の数と同じだけいた時代は、男子が家督を継ぐのが正道であり、女性が男名を名乗っているのは本来表向きのことを行っていたのが男だったからではないか。男子が将軍になればたくさんの女に子供を産ませることができる。これで世継ぎの心配はなくなるだろう。しかし治済の本音は、息子に世継ぎを生ませて自身は政に集中し、全ての権力を握ることであった。「わかっておろうな この母のおかげでそなたは二度と赤面疱瘡にかからぬ体になれたのですよ? そなたはこれからの半生 母の恩に報いるために生きるのです」治済は莫大な資金を投じて大奥を女の園に生まれ変わらせた。母の言いなりとなった将軍 家斉は生涯で五十五人の子をつくる。しかし家斉はぼんやりと思っていた。本当に恩に報いるべきは、あのとき人痘接種をしてくれた青い目の男なのではないだろうか。家斉はかつて大奥にいた松方(現 中奥総取締)に青沼の所在を聞く。青沼が死罪になったことを知ってショックを受ける家斉。もう一度蘭学の灯をともすため、青沼の元で学んだ者たちを集めるべく動き出すのだった。
一方、田沼意次失脚の後、老中となった松平定信朱子学を推奨し、厳しく蘭学を学ぶことを禁じていた。同じ吉宗の孫として治済とともに改革を進めていくつもりであったが、当の治済は定信の言葉に全く耳を貸そうとしない。治済は田沼を追い落とすために定信を利用していただけだった。自分を大御所にしてほしいと持ちかける治済。 “大御所”とは隠居した将軍の尊称であり、将軍を歴任していない治済が大御所を名乗れるはずはない。はっきりと断った定信は、なんとすぐに老中を罷免されてしまう。志もなく、欲望だけが肥大していく治済が権力を握ってしまったことに戦慄する定信。
治済は増えすぎた家斉の子を人知れず次々と毒殺していく。それにようやく気づいた御台所。恐るべき母の行いを知らされ、家斉はただ言いなりになっていることへの危機感を募らせていく。
かつて大奥で蘭学を学んだ者たち。御右筆助として青沼を支えていた黒木は伊兵衛とともに養生所を開いていた。そこへ同じく青沼に学んだ僖助が訪ねてくる。将軍 家斉からの赤面疱瘡の研究を再開させよとの密命を受けてきたのだ。田沼を失脚させ、青沼を死罪にし、平賀源内を殺したお上のあまりに身勝手な言い分に憤る三人の男たち。僖助は一人城へあがり、無礼討ち覚悟で将軍にはっきりと断るのだった。
黒木はもう一度人痘接種を復活させようと考えていた。かつて平賀源内がそうしたように、軽症の赤面疱瘡の患者を探す旅に出る。小さな村に竹とんぼを飛ばす子供がいた。それは確かに平賀源内が残していった竹とんぼ。その村ではたくさんの若い男衆が外で働いていた。源内が村に書き残したメモがある。人痘接種のやり方を書いたメモ。そして軽症の熊から採った膿でも同じ効果があるはずだという源内の私見も書き付けてあった。その村ではかつて子供が熊に襲われたことがあり、軽症の赤面疱瘡にかかったという。偶然にも源内の私見は立証されていたのだ。しかも熊から採取したケースで重症化した患者は出ていないという。そして江戸に帰った黒木は、イギリス人医師ジェンナーの論文の話を聞く。ジェンナーは天然痘の予防法として牛痘接種に成功しており、しかもこの牛痘の場合、人痘接種と違って副作用による死者は出ないというのだ。かつての平賀源内の言葉を思い出し天を仰ぐ黒木。あの時、源内は確かに熊痘の話を仲間に語っていた。「天然痘が牛だと言うなら赤面疱瘡は熊だ!! ああ…やはりあの平賀源内という人は天才であった…!!」ついに赤面疱瘡撲滅への道が見つかった。あとはどうやってそれを実現させるかだが…。
ある夜、黒木の元を将軍 徳川家斉がお忍びで訪ねてくる。膝をついて頭を下げる家斉。「どうかもう一度江戸城で赤面疱瘡の治療に取り組んでもらいたい!」






ここまでが11巻までのあらすじ。短くまとめるつもりだったのにえらい長くなってしまった。以前のエントリーでも触れたが、吉宗登場までは嫉妬と欲にまみれた色恋ばかりで正直私はげんなりすることもあった。ただでさえ登場人数は多いのに、この時代の人物は元服やら出世やらで名前が変わってしまう。新刊が出るたびに誰が誰やらさっぱりわからん。しかしこうしてあらすじを書き起こすと改めて感じる作者の見事な手腕。これを読んでどう感じましたかね。実際に江戸時代の歴史が男女逆転していても全く違和感ないと思いません?
さて、こうしてあらすじが掴めたところで、次回はこの物語と実際の歴史の通説を比較してみたい。

 

 

大奥 11 (ジェッツコミックス)

 

よしながふみ「大奥」で描かれる事件は史実通りなのか?比較してみた - 饅頭こわい お茶こわい

 

よしながふみ「大奥」の史実と創作の境はどこ?

このエントリーは よしながふみ「大奥」のネタバレしてます。これから読む人は要注意。

 

大奥 10 (ジェッツコミックス)

これ書いてる時点で十巻まで刊行。ドラマ化も映画化もされたので言わずと知れたであろう男女逆転大奥。

このころの堺雅人の優しい微笑みはほんと違和感だらけだった。観てないけど。最近のアクの強いキャラの方がよほどあってると思う。

 

 

余談はさておき、

 

この物語はすでに男女が逆転した吉宗の時代から始まる。若い男性にしか罹らない"赤面疱瘡”の流行によって男の数が激減し、女性が家督を継ぐのが当たり前になった世の中に徳川吉宗 (女) は登場する。大奥に眠っていた”没日録”を紐解くことによって、吉宗はほんの百数十年前までは男の数は女と同じほどたくさんいたことを知る。それは大奥制度が始まってまもなく、三代家光から続く悲しき業を背負わされた者たちの記録であった。没日録を記し続けてきた御右筆 村瀬は吉宗にこの事実を伝えた直後に事切れる。吉宗は赤面疱瘡の根絶を胸に誓うのだった。

と、まあ大筋を書くとこんな感じ。序盤の家光篇や綱吉篇は世の中が男女逆転するに至った顛末が描かれており、話の流れとして非常に重要な部分だし、派手でドラマチックな話なので面白いのだが、欲や嫉妬にまみれた男女のドロドロとした昼ドラのような展開が正直私は苦手だった。が、次第に話は実際の歴史上の事件を絡めて壮大な歴史絵巻になっていく。史実を変えることなく逆転の世界を作り上げ、なおかつ描かれるのは一人一人の細かい心理描写。この素晴らしいバランス感覚にいつしか私ははまっていった。作者の筆が遅いため、新刊が出るころには前の巻までの話はすっかり忘れてしまう。その都度ひっぱり出して読み返すことになるのだが、この漫画、読み返す度に新しい発見がたくさんあるのだ。もう何度も読み返しているが、登場人物の多さとキャラクターの顔が似ている(美人はたいがい同じ顔)せいで未だに全部把握できない。時間軸も行ったり来たりしているので読み返すと、ああこの人こんなとこで出てきてたんだ、てなことがいくつもある。誰かこの「大奥」の年表作ってくれないかなー。実際の歴史年表と二つ並べて比較してみたい。どこが史実でどこが創作なのか教えて欲しい。こんなことを考えてしまうのもこの作品の魅力の一つだったりする。(ちなみに白泉社のサイトには家系図があった。とてもわかりやすいのだが現時点で八代 吉宗までしかないのが残念。でこちらが実際の家系図。かなり横に長いのは子だくさんな家斉のせいか。)

 

赤穂浪士討ち入りの話や江島生島事件の話は圧巻だった。気になったのは八巻で登場する板前 芳三とお幸の方の話。

お幸の方(男)は公家の出で、九代将軍 家重(女)の正室 比宮(男)の御側付として江戸に入った。比宮が若くして亡くなり、京の許嫁のもとへ帰ろうとしているところへ家重の側室になるようにとの命が届く。拒むお幸を強引にとどめる家重には恨まれてでも人の気持ちを自分に向けたいという悲しい業があったのだ。やがてお幸は嫡子 竹姫(後の家治 -女です)を出産。だが家重はその後わざとらしく他の男との仲を見せつけるようになる。お幸は相手の男に刃傷沙汰を起こし投獄されてしまう。お幸の抱いた感情は地位を危ぶむものではなく男としての嫉妬だった。座敷牢の中で自ら死を望み、食事にも一切手をつけなくなったお幸。牢に食事を運んだ御仲居の芳三はそれを聞いて自分の運命と重ね合わせる。当時は下賤の魚と言われていた鰻を蒲焼きにして献上し、お幸は笑顔で箸をつけるのであった。

この話、作品全体の中ではあまり目立つ話ではない。実際の歴史上でも小さな事件だろうと思う。芳三という人物は作者の創作なのだろうか。史実を曲げずに地味な話をとても魅力的に演出しているなと思う。

 

この先はどんな展開になっていくのだろう。十巻で田沼意次の失脚により赤面疱瘡の根絶はなされなかったが、十一代将軍 家斉は男子に戻るようだ。夜の暴れん坊、徳川一の子だくさん家斉はどう描かれるのか。幕末まで将軍はあと五人。逆転した世の中をどう戻すのか楽しみだ。

 

 

この漫画を何度も読み返すうちにちょっと不思議な感覚にとらわれた。ネットで吉宗や田沼意次のことを調べていると、男として書かれていることに違和感を感じてしまったのだ。あそっか、実際は女じゃないんだよね。わははー。

 

 

 

 

 

 

 

大奥こわい。疱瘡こわい。

(これこのブログの決まりとして毎回入れようと思ったけど、全然上手いこと言えないのでもうやめる)

 

 

「大奥」が壮大すぎてよくわからなくなってきたので11巻までのあらすじをまとめてみた - 饅頭こわい お茶こわい

 

 

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